第15話 怪盗いたち小僧     作・小林隆雄
 天井板が1枚、音もなくはずれると、黒い影が細引きを伝ってススッと降りてきた。影は月あかりに白く輝く障子を背景にうずくまり、火鉢のそばでうつらうつらしていた林屋庄兵衛の傍らににじり寄る。
「林屋さんよ、ちょいと目え覚ましちゃくんねえか……」
「あわわっ、びっくりした! な、なんだお前さんは!」覚醒しきっていない庄兵衛は、後ずさりしようにも体が動かない。
「荒っぽい仕打ちをするつもりはねえ。金をちょいとばかり用意してもらおうか」
 覆面の中からじっと見つめる2つの目は意外に穏やかなものだったので、庄兵衛はわずかながら安堵した。
「お前さん、その風体から察するに、今うわさの『ねずみ小僧』だね。だったらおかど違いだ。わたしは律義な商売人で、あこぎな稼ぎはこれっぽっちもやっちゃいないよ」
「早とちりするなよ。おいらは『いたち小僧』さ。ねずみ小僧の奴は、あこぎな金持ちから銭をふんだくって貧乏人にほどこしをする義賊だ。おいらはそうじゃねえ」
「じゃあ、ただの押し込みかい」
「そうでもねえ。まあ義賊の仲間には違えねえが、ねずみ小僧のやってることは一種の『福祉事業』で、富の再配分だ。おいらがやるのは、金を稼ぐ現役の奴から拠出金をもらって、年寄りや体の具合の良くねえ奴に給付金を持ってく、言ってみりゃあ『社会保障事業』よ」
 意外な話に庄兵衛は面くらってしまった。「社会保障事業なら将軍さまやお上に任せておけばいいのに」
「冗談じゃねえ。今のお上にそんな力があるもんか。まあ3〜400年も時代が経てば、もしかしたら下じもの立場でやってくれるお上もできるかも知れねえがな」
「それにしても、うちには出せる金なんぞないんだよ。凶作のあおりで青息吐息なんだから」
 話が長引きそうだと踏んだいたち小僧は、庄兵衛の前にどっかと腰を下ろした。
「なにも金を貰いっぱなしにしようっていうんじゃねえ。あんたの稼ぎは今の年寄りのために使う。いずれあんたも年が寄ったら、そん時の若え衆の稼ぎから工面してきてやるから」
「そんな保証ができるのかね。世の中ますます不安だらけで、この後どうなっていくのやら。景気のいい時ならまだしも、今みたいなご時世にあんたに金を渡して、将来本当に自分が貰えるのかねえ」
「みんなそうぬかしやがる。その気持ちはわからねえこともねえが、いいか、よく聞きな。元気な奴らは、景気よくあぶく銭が出回ってるときは未来は明るいなんてうかれてるが、ちょいと景気が悪くなると、すぐに極端に萎縮しちまいやがる。その萎縮具合が過ぎるんだよ。大変な時期にこそみんなが踏ん張らねえと、それこそ取り返しのつかねえことになっちまうんだ」
「ふんふん、話は筋が通ってるが、大変な時期さえ逆手に取って、あこぎな商売で利権をむさぼりボロ儲けしているお方もいるようだしねえ。みんなが踏ん張ったものも吸い取られてしまうこともあるし……」
「そいつはまた別の問題だ、そういう奴をのさばらしちゃいけねえ。それを絶対に許さねえっていうみんなの強い強〜い思いが、『仕掛人』や『仕置人』っていう幻影を生み出すんだ」
「お前さんはまるで説教盗っ人だねえ」
 庄兵衛は苦笑いしながら小引出しから三百文を取り出し、いたち小僧の前に押しやった。
「わかったよ、お前さんを信用するとしよう。でも今のわたしにはこれが限度だ」
「ありがてえ。あんたみたいに物がわかる御仁がもっといりゃあ、世の中もうちっとマシになるんだがね。説教ついでにもうひとつ聞いてもらおうか。……大雨が来ると渡し舟が出せねえ川に橋をかけなくちゃなんねえと、大勢で大きな丸太を運んでいたとする。そこへいきなり大雨が降ってきて、一人の奴が『雨に濡れて風邪引くのはいやだ』と抜けちまった。抜けた分だけ前後の奴の肩にズシッと来て、『おらあこんな重いのは御免だ』とまた抜けた。残りの奴らへの負担はさらに大きくなって、次々にぼろぼろと抜けちまう。最後の数人が踏ん張ったがどうにも持ちこたえられねえ。結局丸太はゴロゴロと落っこちて、大雨の川の中をどんぶらこどんぶらこ……というわけだ」
「ううむ、今ひとつよくわからない話だな。でも、今夜一晩かけて考えてみることにするよ」
 どうやら林屋庄兵衛といたち小僧の間には、いわゆるひとつの相互理解が生まれつつあるようだった。
 そんな奥の話し声を怪しんで、手代が駆け付けてきた。後に続いて丁稚たちもドヤドヤと廊下を走ってきた。
「だんな様、何事ですか!」
 いたち小僧はすっくと立ち上がり、「林屋、邪魔したな!」と見得を切ると、手代たちに向かってボワンッと煙リ玉を投げ付け、細引きを伝ってスルスルと天井裏へ消えた。
 その煙リ玉の臭いこと臭いこと、庄兵衛も手代も丁稚たちもポロポロ涙をこぼし、ゲホゲホとむせかえった。
 ところで、開け放たれた障子の奥で繰り広げられるその光景を、庭のすみから興味深そうにじっと見つめていたのは、1匹のイタチだった。この日以来、イタチはいたち小僧の真似をして、「最後っ屁」をするようになったということである。

(月報司法書士 1997年10月号掲載)
  ひとくちメモ
 朝のニュースショーで、遺族年金の話題が取り上げられていました。厚生年金加入者の遺族(妻)には遺族年金があるのに、国民年金の場合は18歳未満の子がいなければ受給できない、おかしい、せめて払い込んだ保険料分くらいは返してもらいたい、等々……。こういうテーマのときにありがちな話だったのですが、コメンテーターの方々が正確なフォローをしないので、歯がゆいです。
 国民年金は、貨幣価値の変動も按配して大雑把ながら計算してみると、40年間に払い込んだ分はだいたい7〜8年で受給してしまい、その後は寿命がある限り受給できます。長生きは得をして当然、早死には払い戻しが当然、では、あまりにも都合が良すぎるかと……。
 世代間扶養のシステムは、現在の少子高齢社会、経済の低迷等の事情でかなり厳しい状況におかれていますが、その理念は優れたものであることを考えて欲しいと思います。もちろん、システムを運営する上に横たわる不公平・不条理は、大ナタを振るって改革すべきであるし、それを行えるのは民主主義を守る国民の、民意なのでしょう。それらをごちゃ混ぜにしない方が良いと思います。
 ところで、遺族年金を受給できなくても「寡婦年金」を受給できる場合があることは、あまり知られていないようです。
 寡婦年金とは、老齢基礎年金の受給資格を得た夫が、基礎年金を受給しないうちに死亡したとき、わかりやすく言えば、20歳から保険料を欠かさず納めていた夫が45歳〜64歳で亡くなったとき、10年以上婚姻関係が続いていて、夫によって生計を維持されていた妻に支給されるものです。妻は、60歳から65歳までの間受給することができます。受給額は、夫が死亡した時までの各条件で計算される年金額の75%で、妻が自分の老齢基礎年金を受給するようになると停止されます。
 ただし上記はあくまで基本的な事がらで、条件や資格の詳細については、社会保険事務所で相談することが大切です。
 なお、林屋庄兵衛さんがいたち小僧に渡した三百文。四文銭を紐に通した「銭さし」というものを3本、あるいは天保の百文銭3枚は、今のお金で5400〜5500円くらいらしいです。蛇足ながら……。