カミさまに会ったのは、公園の若葉の香りを楽しみながらハンバーガーをパクついているときだった。一見初老紳士風の、よく見るとちょっとくたびれたおじさんがベンチの隣に腰をおろすと、いきなり、
「わたし、カミさまだけど、あなた、不動産のことに詳しそうだから、話してあげるね」
と切り出してきたのだ。
「あのね、納めるべきものをちゃんと納めなかったら、どうなるか知ってる? たとえば、税金とか、借りたお金とか……」
「それは、差押えをくうか担保物件を取られてしまうでしょうね」
「そうなの。それで、この地球という星は、納めるべきものをもう長いこと納めてくれないの。だからサシオサエしなくっちゃいけなくなってしまったわけ。だから今、都庁と東京法務局へ行って閲覧してきたわけ」
「そりゃあ大ごとですねえ。それで、だれが何を滞納したって言うんです?」
「そういうだれとか、会社や政府や国とか、そんな小さい話のことじゃないの。人間みんなのエネルギー! 簡単に言うと、類的生命体の根源的向上心ていうか、成長しようというジェネティック・コードというか、生命の情念みたいなものね」
「ちっとも簡単じゃないけど、人間はダメですか?」
カミさまは眼鏡をとって顔をツルンとなでた。
「ダメね。種としては失敗だったみたいね。戦争はやっちゃうわ動物は絶滅するまで食っちゃうわ、空気は汚すわゴミは出しっぱなしだわ、借りた金は返さないわ税金は飲んじゃうわ……」
ハンバーガーは食べ終わってしまったし、カミさまにこれ以上付き合っているヒマもないので、もうそろそろ事務所へ帰ろうと思い、「それじゃまあ、しっかり差し押さえてくださいね」と言って立ち上がると、
「ところでついでに社会保険事務所へも行って来たんだけれど、国民年金のお金を払わないとどうなるか、知ってる?」
カミさまもぼくと一緒に立ち上がって、ニヤニヤしながらそう言う。
「さあ、知りませんね」
「そう、土台が消えちゃうのよ。すると上に乗ってるのも、パーなわけ。みんな、払うものを払わないから、土台ごとパーになっちゃうわけ」
カミさまはぼくが立ち去ろうとするうしろ姿に、まだ話しかけてくる。
「土台っていうのは、言わば底地ね。いっとき地上げっていうのがはやったでしょ。あれと同じ現象なわけ」
ぼくがだんだん遠ざかるので、カミさまの声も次第に大声になっていく。
「おーい、この前は、アトランティス大陸をひとつだけ、サシオサエたけど、今度は、みんなもらっていくからねえーっ!」
昼下がりのヒマつぶしにしては、たいして面白くもなかったな……そう思いながらちょっとうしろを振り返ってみると、もう公園にカミさまの姿はなかった。
急激な眩惑に襲われたのはその直後だった。「地震かっ!」
足元の地面が急速に薄れ、半透明になり、フッとかき消えた。周囲の並木が、ビルが、車が、大勢の人々が、そしてぼくも、一瞬宙に浮かんだかと思うと、はるか下方の泡立つ海面に向かって落下を始めた。
(月報司法書士 1996年5月号掲載) |