第5話 桐乃司郎君からの電話     作・小林隆雄
 先日、桐乃司郎君から電話がかかってきた。去年の研修会で会って以来、ひさしぶりの声を聞くことができた。
 彼とは学生時代からのつきあいだから、かれこれ25年になる。あのころはまさか2人とも司法書士の道を歩むとは思ってもいなかった。
 桐野君は卒業と同時にサラリーマンになって10年ほど勤めたが、ぼくはアルバイトを繰り返し、お金がたまると外国をあちこち旅したりした。結局法律の道で生きていこうと思い、一念発起で学校に通って勉強し司法書士になったのだが、その間は桐野君とはおたがいに音信不通になっていた。ある日全国会員名簿をながめていて彼の名前を偶然発見したときは、本当に驚いたものだった。
 それからはときどき電話などで話をするようになったのだが、その彼が、先日の電話で妙なことを言う。
 おまえ、年金は払ってるか、ようく調べて手を打っておけよ、オレはアブないところだったぞと言うのだ。
 最初はなんのことを言っているのかよくわからなかった。ぼくもそういう話題にはあまり興味がなかったことだからだ。
 桐野君は、自分はあやうく受給資格をなくするところだったと言った。よくよく聞いてみると、国民年金というのは最低25年保険料を納めなければならないのに、あと2年気づくのが遅かったら受給資格がなくなってしまうところだったと言う。
 そのほかいろんな近況や家族の様子などをしばらく話しあって電話を切ったあと、ぼくも少々不安になった。妻にいろいろ書類を出してもらって調べ始まったが、どうも記憶がはっきりしていないところがある。
 赤い表紙の年金手帳というのがある。確かに国民年金保険料というのは払っている。最近は口座引き落としになっているから問題ないはずだ。
 この手帳を市役所でもらったのは、司法書士試験に挑戦した35歳のときだ。それまで風来坊みたいなものだったから、住民登録もなにもかも実家に置きっぱなしだったのだが、受験するにもきちんとしなければならないと思って、全部手続きしたのだった。
 記憶がはっきりしないというのはそのころのことだ。受験勉強中に結婚して、開業するころは本当にお金には不自由していた。あのころ保険料を払っていただろうか……何年かほっぽり出してしまったのは事実だ。それは3年くらいだったか……。
    *
 桐野君の言っていることは本当だった。『司法書士』に載っている年金の話なぞ、もっと歳のいった会員向けの記事だとばかり思っていたのだが、これは自分たちへのメッセージだったのだ。25年の保険料納付期間が必要だって? どうして今さら回復できるんだ! どう計算したって22年にしかならない。
 10年前に未納にしてしまった3年。たったそれだけでぼくの年金はパーになってしまうというのか、現に今も保険料は納め続けているというのに!
 とにかく自分だけで考えていてはだめだ。明日にでも市役所へ問い合わせてみよう。それに、『司法書士』に書いてあるように、社会保険事務所へ出かけて調べてみよう。
 それにしても、桐野君の電話があと2年早かったら、こんな悔しい思いをせずに済んだのに。

 (月報司法書士 1995年4月号掲載)
  ひとくちメモ
 このストーリーを書いた1995年からすでに8年がたちました。最近のテレビや新聞では、何度も繰り返し年金の話題を取り上げているので(年金制度改革が近づいていますから……)、たとえば「受給資格の期間」についても、当時ほどは説明に苦労することがなくなったように思います。でも簡単におさらいしておきましょう。
 満20歳から60歳までの国民はみな国民年金の被保険者になります。
 勤めていれば、厚生年金や公務員等の共済組合の加入者は国民年金「第2号」被保険者、それらの人の配偶者の専業主婦なら「第3号」、そして自営・学生・無職・自営業の配偶者の専業主婦などが「第1号」というわけです。
 現在は20歳になると、学生にも年金手帳が送られてきますから、かつてのような「未加入者」という存在は今後は起こらないでしょう。ただし、「未納者」は今の制度では防ぐことができません。
 第2号と第3号の人に「未納」は発生しません。第3号が保険料を納めないのに受給できるなんて不公平……などと、最近は第2号の女性から不平が出ているようで、それなら、「第3号の専業主婦は無収入なのに、年間15万円以上の保険料を納めなくちゃならないなんて可哀想〜」くらいの気の利いた言葉を、第2号の彼女たちから聞きたいものです。また、同じ専業主婦なのに一方は保険料なしでOK、一方(多くの司法書士の配偶者・専業主婦=第1号)は、自分で納めなければ「未納者」になるというのも、どう考えても不思議です。それはさておき……、
 『ぼく』は10年前に未納にしてしまった3年で受給がパーになってしまった、と思い込んでいるようですが、必ずしもそうではありません。自分も似ているとお感じの方は、次のようなことがあるかどうか思い出してみましょう。

@昭和61年以前に、20歳になった以降の学生だった期間、海外にいた期間、サラリーマン等の妻で国民年金に「任意加入」しなかった期間等があるか。
Aかつて厚生年金や公務員等の共済組合に加入していて、退職するときに一時金を受け取っていない保険期間があるか。
B国民年金の免除申請をして、免除が適用された期間があるか、など……。
 @+A+Bに、国民年金の保険料を納めた期間を合算して25年(300月)になれば、65歳からの「老齢基礎年金の受給資格」が得られます。この資格が得られれば、Aの期間の年金も(生年によって条件が異なりますが)受給できるようになります。
 もし25年にならなかったら……、もし20年を超えていたのであれば、60歳から65歳まで「任意加入」することができます。この方たちは要注意です。簡単に諦めてしまうと、多分あとで本当に悔しい思いをするからです。
 20年に満たなかったら、そのときは自分の職歴・経歴などを克明にメモして、急いで社会保険事務所に相談に行くことをお勧めします。資格期間を得られる何かの条件が発見される場合もあります。

 ところで、「受給資格」と「受給額」は別物であることを知っておいて欲しいと思います。上記の受給資格を得たという前提で、被保険者期間となる40年のうち25年間は保険料を納めた場合、受給する年金額は「満額の40分の25」となります。平成15年度の満額は少し引き下げられて79万7000円ですから、年間50万円弱を受給できます。しかし保険料を納めた期間が10年で残りの15年は@だった場合は、「満額の40分の10」=20万円弱となります。
 Aの期間はそれぞれの被用者年金から基礎年金への上乗せ部分が支給、Bの期間は国庫負担分(現行は3分の1)が支給されることになるので、それぞれ計算すれば総額がわかると思います。
 このように、「25年」とはあくまで資格を得る期間、年金額は保険料を納めた年(月)数やその他の条件で計算されるのです。

 テレビのニュースで、若い人たちが「年に80万じゃとても生活できないから、国民年金はあてにならない。だから保険料は払わない」などと話しているのを、何度も聞きました。高齢になっても80万円程度の収入を自力で得ることは、彼らにとっては少しも困難なことではないようです。それにしても、そういうインタビューを受ける側の記者・コメンテーター側が、あきらかに不勉強で、それにしては訳知り顔な(あるいは台本に書いてあるとおりの)コメントをする場面が、非常に多く見られるようになりました。年金のシステムと現在の経済状況(景気)がごちゃ混ぜで語られ、さらには、年金財源が本来の目的以外でどんどん流出してしまっているという根源的な問題を、これさえも一緒にしてしまって、ただ「信用できない」という若者たちの不安感を煽っているように感じます。若者たちが「受給資格を得られるタイム・リミット」を超えてしまわないよう祈るばかりですが、安直な(?)ジャーナリズムにもそろそろ構造改革が必要かな……と思います。